トップページ | 2007年1月 »

2006年12月31日 (日)

投げかけたものが返ってくる

宇宙の法則の1つで


「投げかけたものが返ってくる。
投げかけなければ返らない。」



感謝すれば感謝される。
感謝しなければ感謝されない。

愛すれば愛される。愛さなければ愛されない。


嫌えば嫌われる。嫌わなければ嫌われない。
憎めば憎まれる。憎まなければ憎まれない。

| | コメント (0)

2006年12月29日 (金)

幸せのゼリー

「心がなごむ秘密の話 力を抜いて生きる実例集」

小林正観著 宝来社刊

「幸せのゼリー」


ある宿で1年に1回か
2回の講演会が開かれています。

そこで、私がエレベーターの前で
待っていたら、


ちょうど目の見えない人の
集まりがあったみたいで、


白い杖の人が2人降りてきました。
そして、ドアが開いて、


周囲を触りながら、
「えーっと、


どなたかホテルの人はいますか」
と声を出しました。

私の後ろに、
ちょうど荷物を押している
ホテルの係の女性がいました。

その方が、「はい」と答えました。


それから、この2人は、
「○○の湯というのはどこにありますか」
と聞きました。


私が振り返って見たら、
この女性は


「あっちです」と
指を差して言いました。



指の先に看板があって
「○○の湯」の矢印が書いてありました。


「あっちです」
という声が聞こえてから、


この2人は、
「ちょっと肩を貸してくれませんか」
と言いました。


「えっ」という小さな声があって、
このホテルの人が初めて振り向いたら、

目の見えない白い杖を持っている人でした。
ホテルの人は

「あ、すみません」と言いながら、
この2人に近寄っていきました。

そして、お互いに
他の人の肩に手を当てながら、


3人が並んで歩き始めました。
私はその光景を見ていて感じたことが
あります。

私は目が見えなくなったことは
ありません。


目の見えることが当たり前で、
「看板はあっちです」と言われたら、

「ああ、あっちなんだな」
とすぐわかります。

でも、「あっちです」
と言われたことは、

目に見えない人に
とっては当たり前のことではなかった。


目が見えない人は、
連れて行ってもらわないと
行けないのです。


生まれてから
一度も目が見えたことがない人がいます。


目の見えない人は、
「自分の親を1秒でもいいから
見てみたい。


死ぬまでに一度でいいから、
一瞬でも、


0.1秒でもいいから見てみたい」


「結婚した相手の顔を
1秒でも0.1秒でもいいから見てみたい」

「自分の子供の顔を1秒でも
0.1秒でもいいから見てみたい」
と思いながら生きているそうです。



私たちは目が見えなくなった
ことが一度もない、


という状況にありながら、
目が見えることに対して、


全く感謝をしたことがない。
ほとんどの人が、


目が見えるのが
当たり前だと思って
感謝をしていない。

目の見えない状態で生まれてきた人は、
とにかく一瞬でも見えたら、

どれほど感謝ができるでしょうか。
「目が見えたら感謝をしたい」と


言いながら生きていて、
それが叶わない人もいる。


しかし、私たちは、
ずっと目が見えているにもかかわらず、


目が見えることに感謝するどころか、
「あれよこせ」
「これよこせ」

「あれ欲しい」
「これ欲しい」
と言い続けている日々である。


それを一言で言うと、
「夢や希望に満ち溢れた生活」と言います。


99パーセントの人は、
このような洗脳を受けてきました。



目が見えることに
感謝をするのではなく、


足りない物を
どんどんリストアップして、


手に入れなければ幸せじゃない、
という人生を教え込まれてしまった。



もし、今、
自分がどれほど幸せであるか、
ということに気が付いたら、


自分の口から不平、不満、愚痴、
泣き言、悪口、文句は出てきません。



「自分がいかに恵まれているか」
ということが一つ。

「自分がいかに幸せであるか」
ということが一つ。


そして、


「いかに有り難い状態で生きているか」
ということに気が付くのです。


私は皆さんを、
幸せな状態に誘ったわけではありません。

この本を読むと
前と、

この本を読み終わったときの
囲まれている状況は、何一つ違っていない。


しかし、私は「幸せは感じるだけである」ということをお伝えしました。

その間に皆さんは、「ああ、幸せは感じるだけだった」


「今までの自分は、幸せを感じなかった。
幸せを手に入れようと思っていたのに、


実は幸せの真っ只中にいた」と思うかもしれません。
海に育った魚は、海の存在を一生知りません。


「海は広いな大きいな」を歌っている釣り人に
対して、「私」も海が見てみたいと思う。



それで、その釣り人がかかわっている物体に
パクッと噛み付くと、何か見せてくれそうな気がした。




だから噛み付いた。
そしたら釣り上げられた。





釣り上げられて海の上2メートルに出てみたら、
初めて海というものがわかった。



釣り上げられた魚が、「私」。
釣り上げてくれた人は、“神”。






釣り上げられた状態を“災難”と言いますが、
これが病気や事故。海は、私たちの幸せそのものなのです。



これを“海の幸”と言います。
「私」は、幸という名の海の中に育った魚であったのです。



私は避けもタバコもパチンコ、マージャン
・・・一切やりません。



週の休みがない、月の休みがない、
年の休みがない、生涯休みがない。




外から見ていて「何が楽しくて生きているのですか」と
聞かれるのですが、



ただ、幸せを噛み締めて生きているだけです。



先日、「幸せの塊の中で生きている」というのは、
まだまだ表現が薄い。



その幸せ感が説明できていないと思いました。



実は、幸せの海に住んでいるのではなくて、
“幸せのゼリー”の中にいたという気がします。




何もしないでも、食べるものを探さなくても、
おいしいものや楽しいものに囲まれている。



幸せのゼリーの中に住んでいることがわかってしまうと、
何かを追い求める気はなくなりました。

| | コメント (0)

2006年12月27日 (水)

宇宙に問題は無い

宇宙に問題は無い



自分の思い通りにできないことが

「悩み」だと思っている人が大多数のようです。

相手を変えようとか、
目の前の現象を変えようと思っているうちは、
問題は解決しません。



なぜなら、宇宙にはもともと問題は無いからです。
現象は「ゼロ」なのです。



幸も不幸も、そう思う心があるだけ。
結局私たちは、「ゼロ」の現象を、
自分の感覚で評価し、気に入らないと言っているだけです。





三次元的な問題解決方法には3通りの方法がありました。



1. 目の前の人・物・現象を、自分の気に入るように作り変える
2. 逃避
3. 我慢





この方法の他に、四次元的解決方法というものがあります。
それは、「気にしない」、ボーっとすること。





さらに、五次元的解決方法があります。
それは「気にならない」というものです。






宇宙に不平不満を投げかけると、

投げかけたものは返ってくることになります。
結局は自分にとってものすごく損になります。





その反対に、喜ばれるように生きていくと、
喜びに囲まれることになります。
簡単な宇宙構造です。




小林正観

| | コメント (0)

言霊

人生を「つらい」「悲しい」「つまらない」と言っていると、
「わかりました。じゃあ、早く死んじゃいましょう」と体が反応します。


「うれしい」「楽しい」「幸せ」「ありがたい」と言っていると、
「じゃあ、もっと長生きしましょう」と体が修復を始めます。


 
 否定的に生きると「損」、肯定的に生きると「得」なのです

小林正観さんの言葉

| | コメント (2)

2006年12月26日 (火)

お知らせです^^

先日は
ありがとうパワー掲示板を作りましたが

昨日

新たにブログ
「ありがとう実践日記」

を立ち上げました^^

そう

「ありがとう」を実践しながら
感じたことを書いていきたいなぁーって

思っています

URLは↓

http://1965akira.seesaa.net/

| | コメント (0)

2006年12月25日 (月)

百言葉より

小林正観さんの百言葉より~


今日「幸せ」と思えば
昨日までの「不幸」も

すべて「幸せ」になる。

今日「不幸」と思えば



昨日までの「幸せ」も
すべて「不幸」となる




オセロゲームに似ている。
幸せとは「幸せ」という現象があるわけではなく



そう思う心が存在するだけ。
そんな現象もその人がどう思うかによって


「色」が決まるのです。と
どんな長雨も止ませるのは自分自身ということです。

| | コメント (0)

2006年12月23日 (土)

お知らせ

新企画として今日

「ありがとう」パワーの体験談の

掲示板を作りました

気楽に参加してください^^

URLは↓

http://www.okiren.com/bbs1/sweety.cgi?room=matuti

| | コメント (0)

幸せ

   幸せを手に入れる人とは、

   幸せを手に入れようとしないこと。

     何かを追い求めている間は、

     ただひたすら苦しいだけ。

     幸せの宇宙構造とは、

     自分が今、どれほど幸せか、

      ということに気が付くことです。

      例えば、目が見えなくなったことがあるでしょうか?

     多くの人は、目が見えない、

    耳が聞こえないという状態になったことが

    一度もないにもかかわらず、

   それについて感謝をしたことが一度もない。

   今自分が持っている物が、

   全部幸せなんだということです。
 

   そう思ったら沢山感謝することが出来る。

| | コメント (6)

2006年12月22日 (金)

物事をゼロとしてとらえ

「この世には幸せな出来事も不幸な出来事もない、
そう思う心があるだけ」


 物事をゼロとしてとらえ、

自分の置かれている状況に感謝の心をもち、

素直で謙虚に行動する人に宇宙は最大のサポートをしてくれる

| | コメント (0)

2006年12月21日 (木)

百言葉から

正観さんの百言葉から~

私が笑顔なら、周りの人も笑顔になる

私が不機嫌なら、周りの人も不機嫌になる

私が投げかけたものが「私」を取り囲む

| | コメント (0)

2006年12月19日 (火)

イライラする人が生まれて

・世の中に、「イライラさせる人」が
いるわけではなく、

「イライラする人」が生まれて、
初めて「イライラさせる人」が生まれるのです。


(小林 正観)

| | コメント (0)

思いを捨てれば楽になる

釈迦は苦とは思い通りに

ならないことだと悟った。

「生」「老」「病」
「死」、生まれること、老いること、

病むこと、死ぬことは

自分の思うようにならない。

それなら思いを持たなければ、

思いを捨てればいいのでは、
そうすれば苦から開放される。

これに気がつけば人生は楽になります。
                     (小林正観)

| | コメント (0)

ありがとうパワーの話

年齢×1万回の
「ありがとう」が巻き起こす不思議な現象


人のために言うのではなくて、
自分のために「ありがとう」を


たくさん言ったほうが、
体や細胞がものすごく


元気になるということが
わかってしまうと、


言わないと損。
誰かに向かって「ありがとう」、



何かしてくれたら
「ありがとう」と言っているのは、


まだまだ
初心者です。


何もしてくれなくて、
誰から何もされないのに、



宇宙に向かって
「ありがとう、ありがとう」と


ブツブツ唱えるようにする。
ありがとう、ありがとう……



と暇なときに言っていると、
その数が年齢×1万回を



超えたところで
面白い現象が起きてきます。


ただし、執着しているとだめ。
何も実現しません。


執着がなく、「そうなってくれれば


うれしい、楽しい、幸せだけど……」
と思うこと。



「そうならなきゃ嫌だ」と
思っている場合は、



何も起きない。


執着していると
向こう側とつながらないんです

| | コメント (2)

2006年12月18日 (月)

味方を作る

人生とは味方をつくる日々なのです。


  目の前に存在する一人一人に、
  「私の力では、とても及ばない状態で生きている。
  
  

   皆さんのお蔭で生きているのです。ありがとう」
  と言って頭を下げていくと、
  人生はそれだけで勝手に進んでいきます。


  お金も仕事も子供も夫も舅も姑も全部味方。

  初対面の人まで、

  「ありがとう」と言って味方につけていったら、
  人生は楽しいだけになります。


  力を抜くだけでも充分に楽になれるのですが、
  さらに毎日意識しながら味方をつくっていく。

  困ったときでも味方がたくさんいます

| | コメント (0)

小林正観さんの言葉

精神的なものとして、

    
    
「こうしよう」「こうしたい」「こうでなければならない」との    
思いが強いとき、そうならない



    
場合(それが実現しない状態)が長く続くと、    
人は「ストレス」を感じるようになり、
    


その「ストレス」がたまって「疲れ」を生じます。    
「疲れ」は「凝り、張り、痛み」となり、


    
「凝り、張り、痛み」は
「臓器の故障」(=病気)を生み、
それが進めば「死」に至るのです。
     



つまり、ストレス→疲れ→凝り・張り・痛み→病気→死、
という五つの段階をたどる
   
 
わけですが、その一番の源は「すとれす」。
    

 さらに、「ストレス」の源は、
「これを実現したい」「こうでなければ」という「思い」
    




「こだわり」「執着」。
    



「病気」も、そうした「こころ」の
問題が大きいのかもしれません。
                             



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆☆★☆★☆★☆☆★☆★☆★☆☆★☆★☆★☆

| | コメント (0)

トップページ | 2007年1月 »